2014.10.12

東京にオリンピックを呼んだ男 感想

1964年に開催された東京オリンピックから

ちょうど50年。


東京オリンピックは1964年10月10日に開幕した。


10月10日?

体育の日だ。


私はこれまで体育の日の由来を

考えたこともなかったが、

オリンピック東京大会の開会式にちなんで、

1966年に制定されたそうだ。


しかし、2000年から体育の日は、

10月第2月曜日に変わった。

そのほうが連休になって好都合かもしれないが、

本来の意味あいが変わってしまったよね…。


東京にオリンピックを招致するために、

ロビー活動に奔走した男たち。


日系アメリカ人のフレッド和田勇(大沢たかお)は、

まだ一般の日本人の海外渡航が

認められてなかった時代に、

全米水泳選手権に出場する日本人選手たちの

受け入れ先を申し出た。


アメリカの新聞には日本人のことを、

侮辱してジャップと書かれていた時代。


日本水泳連盟の田畑会長(西田敏行)が

マッカーサー元帥に直談判して、

やっと認められた全米水泳選手権出場。


ユニフォームに堂々と日の丸を

付けることさえ許されない。


そんな環境の中、選手たちは

何と9つの世界新記録を出した。


その日から、ジャップと書く新聞はなくなった。

どの新聞も、ジャパニーズという表記で

日本人に対しての敬意を表してくれた。


スポーツって素晴らしい!


それで終わらずに、

日本にオリンピックを招致しようとした男たちが。


言葉で書いてしまうと簡単だけれど、

ドラマでも数時間のお話だったけど、

実際は本当に大変だったと思う。


フレッド和田勇(大沢たかお)は、

国籍が日本ではなかった。

それがネックになることもあった。


ロビー活動の途中に、

アメリカのスパイと間違えられて、

もうだめか…と思う場面もあった。


妻・の和田正子(常盤貴子)も、

何かと夫の力になった。


ドラマの中では語られなかったけれど、

ロビー活動を続ける間、

和田は本業の仕事はどうしていたんだろう?


最後は平沢重和(橋爪功)のスピーチが、

決め手となった。


「私はこういうように言える日が来ることを

心から待ち望んでいます。

すなわち『オリンピックがアジアにやってまいりました、

これでオリンピックの輪がアジアにもつながりました』と」


当時、日本は遠い国「Far East」と思われていた。

しかし日本はもはやジェット機が

飛ぶようになった、と平沢は話す。


「国際関係や人間関係の上での

距離をなくすためには

人と人とが直接会うことが一番。

お互いを理解するところから世界平和が始まります。

西洋で咲いたオリンピックという花を、

今こそアジアで開かせるべきときです。

西洋で開いたオリンピックという花を、

今こそアジアで咲かせてほしいのです」


オリンピックはそれぞれの国の選手たちが、

各競技で優劣を競うわけだけれど、

勝ち負けだけではなくて、

そこに国を越えた心の交流がなければ、

意味がないのだと思う。


50年前に、日本を元気にしてくれた東京オリンピック。

無理だと思われたオリンピック東京招致を、

可能にした男たちの熱意が、

次のオリンピックにもつながっているのだと思う。


日本人選手を応援するのはもちろんだけど、

他国の選手の頑張りにも、

拍手を送れる日本でありたいね。



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