FC2ブログ
   
07
22
   

小籔千豊 徹子の部屋

人志松本のすべらない話2013で、

母親が病院で亡くなったときの、

妹夫婦の話を、面白おかしく話した小籔に、

不謹慎だと、非難ごうごうだったらしいが


後日、徹子の部屋に出た小籔が、

「母親へもっと親孝行したかった。

皆には、親孝行して欲しい、と思っている」

と語ったそうで。


あいまいな書き方になっているのは、

この話を、私は友人に聞いたからだ。

そうなんです、私は徹子の部屋を見ていない。


私はすべらない話の小籔の話は、

これは芸人の話だから…と思って聞いていたが、

そうは思わないで聞いた人にとっては、

とても不愉快な話だったかもしれない。


徹子の部屋の話を教えてくれた友人が言うには、

実は、小籔は、もっともっと前に、

この話をテレビで話していたそうだ。


どんな話かと言うと、


母親が死に際に、

モロゾフのプリンを食べたいと言い、

小籔は急いで買ってきたが、

「もう私プリンしんどい。食べられへんわ」と、

母親はプリンを食べずに亡くなってしまった。


なんで今まで買ってこなかったのか、

母親孝行しとったら良かったな、と思った、と。


そして、小籔がみんなに言いたいことは、

「親孝行していただきたい」と。

心にしみる話やなぁ…と。


小籔千豊(こやぶかずとよ)1973年9月11日生まれ(39歳)


お母様が亡くなられた年齢が55歳。

その時の小籔の年齢は、もっと若かったわけで、

さぞかし、親孝行できなかったことが

悔やまれただろうな、と思う。


「失礼無礼を承知で言うなら…」と友人。


「もしも、小籔が親孝行に気付いて、できたとして、

プリンも、プリン以上の物もプレゼントできて、

お母様も、とても長生きされて、

最後は介護して介護して、親孝行しつくしてから、

お母様が亡くなられていたら、

『もーええわ』という気持ちになったかもしれないね」と。


その友人は、結婚後すぐに体調を崩した姑の介護を、

もう長くやっている。

そういう人の口から出る言葉は重みがある。


親孝行してください、と言うのは素晴らしいことだし、

何か親が好きなものをプレゼントするのも、

それはそれでいい。


でも…


「親孝行と簡単に言っても、

100歳以上も生きる人は増えている。

自分が年寄になっても、まだ親孝行しなくちゃいけない。

そういう時代になってきた。

現実は厳しいと思うよ」と友人。


小籔の話も心にしみたが、

友人の話も心に重くしみた。


ウィキペディアより。

小籔は、2008年2月20日に、亡くなった小籔の母親への後悔の思いを歌った「プリン」を発売し、歌手デビューも果たした。この「プリン」は「誰も知らない泣ける歌」で紹介、スタジオの涙を誘ったが、西田敏行からは「歌、下手だな」と言われてしまった。




theme : お笑い/バラエティ 全般
genre : テレビ・ラジオ

最新記事

過去記事

プロフィール

ahaharui

Author:ahaharui
あはは☆るいです。ドラマやバラエティーの感想を主に書いています。時折、面白かった本やコミックの感想も。詳しくは自己紹介&ブログ紹介を見てね♪

カテゴリ

カレンダー

06 | 2013/07 | 08
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

月別アーカイブ

検索フォーム

RSSリンクの表示

QRコード

QR